春期講習

2020/03/20 ブログ

こんにちは、

レッツ指導学館教室長の説田です。

少しブログの間隔が空いてしまいました。

この10日間で様々なことがありました。

新型コロナウイルスに関係することや、公立高校の合格発表、ほぼ毎日の新年度生の体験授業や入塾のお手続き、そして春期講習の準備等々・・

本当に毎日が緊張と歓喜の連続で、少々心身が疲労しました。

 

 先週春期講習実施の決定をし、各ご家庭に再確認をしましたところ、予想外にご参加の意思表明をいただき、改めて気の引き締まる思いで、健康管理と成績管理に努めさせていただくことを肝に銘じた次第です。

 まだ、春期講習の新1年生・2年生の席はございますので、ご参加を心よりお待ちしております。

 

 さて、先週の日曜日、単独で行田にドライブし、さきたま古墳群・石田堤・忍城と水城公園と10,000歩のウォーキングをしてまいりました。

 さきたま古墳群の、石田三成が本陣にした丸墓山古墳の頂上に登り、遠くに見える忍城を眺め、さらに国宝の鉄剣が出土した稲荷山古墳・円筒埴輪と菜の花が美しい将軍塚古墳と二子山古墳を散策しました。丸墓山古墳への小道は周囲よりほんの1メートルほど小高くなっていましたが、石田堤の名残ということでした。

 そこから少し吹上のほうに戻り、新幹線高架下の石田堤(こちらのほうが堤らしい幅も高さもしっかりある遺構でした。)へ行き、往時の様子をしばし灌漑深く眺めました。

というのは、本来農民は忍城の城主に、日頃から多少の庇護を受けていたであろう筈なのに、豊臣勢から日当をもらい築堤をして、忍城主に反旗を翻す行動に、堤の上を散策しながら少し戸惑いを感じたのです。(弱いものが生き延びていくためには、そうしなければならない強圧的な命令があったのでしょうね、きっと。)

 そこから今度は、攻められた忍城に行きましたが、往時の古地図を見てみると、忍城は通常の本丸を中心に同心円で広がっていく曲輪型ではなく、各々の丸がそれぞれ島で構成されている城で各丸を橋で接続している日本でも特殊なタイプの城だったために、俗にいう「守りやすく攻めにくい」城だったのですね。

 石田三成の忍城水攻めは堤の決壊により失敗に終わりますが、もう一度詳しく勉強してみたいと思いました。

ちょうど10,000歩のウォーキングで、心地良い疲労でした。

 

 

レッツでは現在新年度生を募集しております。

お問い合わせは下記よりお願いたします。